2016年03月04日

HOPE

昨日、新日本プロレスから柴田勝頼選手の入団(1年契約)が発表されました。
その際の柴田の言葉『今年に入ってから、サヨナラが多すぎる』と。

柴田の言う通り新日本マットでは今年に入ってトップグループの5選手が移籍・退団となっております。
そんな中にあっての新入団選手の発表は、ある種の希望と言えるのかもしれません。


という出来事から一夜明けて。
突然の訃報が流れました。ハヤブサ選手急逝。
3月3日午後0時、くも膜下出血のため亡くなられたと。47歳。

プロフィールによると、デビューは1991年の5月5日・名古屋大会。
あぁそれ、見に行ってるわ。というわけでその当時のチケットがコレ。
DSC_0752.JPG

当時はもちろん素顔の本名で。その後に海外遠征。そしてハヤブサとして一時帰国した一回目の「スーパーJカップ」でインパクトを残しました。これも両国で見てたなぁ。

やがて引退(仮)する大仁田からバトンを受け取り、FMWのエースへ。
時にマスクを奪われ“H”というネームで戦ってたこともあったね。そして新崎人生とインディー代表のようなタッグで全日本にも参戦。
馬場さんから高評価も受けました。あるいは天龍さん(大ハヤブサ?)との絆もありました。カールスモーキー石井デザインのガッチャマンみたいなコスチュームで試合したこともありました。

レスラーとしては身長はあったけど やや線は細かったかな。
でも彼の存在、不死鳥というニックネームには可能性がいっぱい詰まっておりました。

しかし2001年10月、試合中のアクシデントにより試合のできない…いや日常生活にも支障をきたすような体となってしまいました。
ところがですよ。彼はフェニックスの精神でもって、いつかプロレスラーとして再びリングに上がることを目指し、リハビリを続けておりました。

その間もずっとマスクを離しませんでした。ずっとハヤブサでした。
そして、そのまま飛び立って行ってしまいました。

あの事故から14年半ですか。
正直それだけ“作品”を残していないわけだし、試合を見たのも初期の頃だったりするんだけど。
それでも、もぅなんか辛いです。ひたすら辛いです。

プロレスに対してはとてもピュアだったし、ハヤブサというキャラクター自体が希望を感じさせるものだったからなのかな。
しかも47歳って。早すぎるよ。


心からお悔やみを…
なんて言葉は似合わないかな。
この14年半、やりたくてもできなかったプロレスを、飛びたくても飛べなかったフェニックススプラッシュを。思う存分やってほしいね。

『お楽しみは、これからだー!!』
posted by 味噌のカツオ at 23:05| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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